国民福祉税
平成に入ってからの総理は敬称略で
75代 宇野宗佑
76代 海部俊樹(1)
77代 海部俊樹(2)
78代 宮澤喜一
79代 細川護煕
80代 羽田孜
81代 村山富市
82代 橋本龍太郎(1)
83代 橋本龍太郎(2)
84代 小渕恵三
85代 森喜朗(1)
86代 森喜朗(2)
87代 小泉純一郎(1)
88代 小泉純一郎(2)
89代 小泉純一郎(3)
90代 安倍晋三
91代 福田康夫
92代 麻生太郎
93代 鳩山由紀夫
94代 菅直人
95代 野田佳彦
平成24年で16人変わっています。
小沢先生は、総理になりたいときに菅さんに負けてなれませんでしたが、総理は作っています。
76代 海部俊樹(1)
77代 海部俊樹(2)
78代 宮澤喜一
79代 細川護煕
80代 羽田孜
少なくとも5人総理にしています。
鳩ぽっぽさんもそうですね。だから6人、これが直接的。もう一つ間接的に捉えると小沢先生が自民党を割らなければ
89代 小泉純一郎
90代 安倍晋三
91代 福田康夫
92代 麻生太郎
の四人は総理にならなかった可能性もあります。特に小泉政権は無かったかも知れません。と言うわけで、8人ほどの総理に大きく関わっています。
小沢さんは、良い人なのか悪い人なのかは毀誉褒貶があり好きずきですが、頭が悪いと思っている人は少ないと感じています。どちらかというと頭がいい。太っ腹、人物とみる向きがあります。
私のブログの憲法は口は重宝、何とでも言える。書いたものとて口の延長、実証を見て判断せよというものです。実証なくば証明できない。証明なくば信用されない。信用なくば尊敬されないというものです。
政治家に必要な資質。観察して洞察する力、判断して決断する力の『先見の明』です。これさえあれば、悪党でも不親切でも人物でなくても未来を見通せるのですから、大胆不敵の妖怪人間でもいいと思いますね。
さて、私は細川内閣に注目します。
細川政権1993/08/09~1994/04/28の8ヶ月でした。どうしてこんなに短命だったのか。結論を先に言えば、細川政権を作ったのは小沢さんでした。そして壊したのも小沢さんでした。
小沢さんは大蔵事務次官の斎藤次郎と話し合い消費税を福祉目的税に変更。税率を3%から7%に引き上げる国民福祉税構想を細川さんに命じ深夜の記者会見で唐突に行われました。寝耳に水です。細川政権は八つの寄り合い所帯でしたから、聞いていないよという事になり、武村正義内閣官房長官や社会保障を所管する厚生大臣の大内啓伍民社党委員長、村山富市社会党委員長ら与党内から反対の狼煙があがり。翌日に白紙撤回になりました。
そこから新生党代表幹事の小沢一郎と、内閣官房長官の武村との対立が表面化。細川は内閣改造によって武村の排除を図るも実現できず、さらに細川自身の佐川急便借入金未返済疑惑を野党となった自民党に追及されることになり、細川は熊本の自宅の門・塀の修理のための借入金で既に返済していると釈明したが、返済の証拠を提出することが出来ず、国会は空転し、細川は与党内でも四面楚歌の苦境に陥る。参議院議員だった。コロムビア・トップと西川きよしさんとの会食の席で「辞めたい」と漏らしたことが報じられ国民の大きな期待を背負って誕生した細川内閣は終わりました。かねてから細川との関係が悪化していた武村さんと鳩ぽっぽさんが率いる新党さきがけは、与党を離脱してガタガタになりました。結局、松田優作の名台詞「なんじゃこりゃあ」という感じで内閣が終わりました。
みんなそういう過去を忘れちゃうんですね。これが独裁小沢、壊し家小沢、豪腕、小沢の所以です。3%から7%って、いきなり4%の上乗せですよ、野田さん支持する訳じゃありませんが、野田さんが良い人にみえます。海部元総理がいいました。「あの壊し屋にかかると、ほとほと疲れる。三度小沢とまじえた私の素直な感想だ。人の陣地に手を入れて誘惑して、その気にさせて壊す。あの性癖は死ぬまで直らないのではないか。業というか、あそこまでいくと、もう病としかいいようがない」説得力ありますね。今から18年前のお話です。私が古畑任三郎を一生懸命みていたころです。思えば歳をとりました。小沢さんは「私も変わらなければなりません」っていっていたけど、どこがっていう感じです。
小沢さんって、それでも賢くて大政治家なのか。仮に小沢さんが尖閣を買うといったら幾ら集まりましたかね。