福沢諭吉
という時代でした。旧来の制度や文化にしがみついて列強に飲み込まれようとしていた中国と朝鮮。共倒れにならない為に日本はアジアの枠を超えるべきだと主張しました。「脱亜」というのは日本がアジアから抜けるという意味に捉えがちですが、この場合の脱亜とは中華思想の事を言ってます。簡単に言ってしまえば自分達が一番だという思想です。長年、中国の属国だった朝鮮も「小中華」だと言われています。中国、朝鮮も明治維新をモデルにしようとし諭吉が物心両面援助するのですが、やってみると中華思想があって既得権益、守旧派が邪魔をする。
「脱亜」というと中韓を差別しているのではないかという人もいますが、福沢諭吉は男女同論を唱えた人でもあります。寧ろ中韓の近代化を推進した人でした。腐敗した李王朝の改革と清国からの独立を目指していた朝鮮人の金玉均という人を応援していたのですが、この人が甲申政変(クーデター)を起こすも失敗。金玉均は処刑された上に遺体をバラバラにされてしまいました。更に福沢諭吉がつくった慶應義塾に受け入れていた朝鮮人留学生60人は大学の金庫からお金を盗んでしまいます。こうした経緯の末に日本の偉大なる先達である諭吉は127年前に言っていた訳です。